私が「石を愛そう」と決めた経緯とその結論

1月4日は石の日だったそうです。
もうとっくに4日は過ぎてしまったのですが、今回は「石」をテーマにしたいと思います!

以前、私は「石を愛してみよう」と今思えば、この人大丈夫かな?としか思えない決意をしたことがあるのです。
その当時は割と真剣な試みだったので、今回はその当時の話をします!

あなたはこの石を愛することができますか?

この石は、どこで拾ったか忘れたけれど、その辺で拾った石です。
この石自体に何か特徴はないし、むしろ特徴のない石を選んで拾ってきたので、特筆すべき点はない・・・

ただの石です。

ちなみに当時、私が実際に選別した石です。

石を愛することの経緯

私がこの石を愛そう、と決めたのは2年ほど前の話。
いうなれば、元彼。いや、元石。あれ?今も石は石。

まぁ、いいや。2年前。
私には石以外に人間の彼氏がいました。

彼氏と私は同じ家に住んでいたのだけど、残念ながらすれ違いの多い生活でした。

なぜなら、彼は限りなく黒に近い組織で働いていたから。
(こういうとかっこいいよね。ありていに言うと「ブラック企業寄りのグレーな会社」)

それ自体はしょうがない。
悪を憎んで人を憎まない精神で私は、しかたがないし、かわいそうだなぁ、と思っていた。

でも、月日が流れるにつれ・・・


家事やってるの感謝されたいなぁ!!!!!


と全国のお母さんみたいな欲求が湧き上がる。まさかこれが、母性・・・?

でも、相も変わらず彼とはすれ違い生活。
再現VTRを作るとしたら、ぜひともアンジャッシュにお願いしたい。

そんなすれ違っている生活の中、忙しい彼を捕まえて「我に感謝しろ」というのは横暴ではないか?

そんな考えが頭の中で巡っていたのですが、日に日に増していく「感謝されたい気持ち」
ただこの欲求と同じくらいある疑問が湧き上がっていた。


「感謝の気持ち」を求める=見返りを求める感情は、
ひどく汚い感情ではないだろうか?

そのとき、歴史・・・じゃなかった。私の気持ちは動いた。
感謝はされたい、でも、見返りを求める感情が、ひどく汚いものだとしたら、なんと私は浅ましい人間なのだろう。と。

家事をすることは、必要だからすることであって、彼に感謝されたくやっているわけではないはず。
でも、感謝されたいと思っているのだ。

そこで一つの仮説が立った。

見返りを求めない境地に立てたら、もう悩むことはないのではないだろうか?

他人に何も求めず、ただ与えるだけの愛情!

争うことをしない、非服従・非暴力。まるでガンジーのような考え!
この境地だ!私に必要なのはこの境地なのだ!

慈悲!慈しむような心。

それは、おそらく無償の愛!!!!!!

無償の愛の境地で、彼に接することができたら、
私は、感謝されたいと望むこともなく、見返りを求める気持ちが汚いものじゃないか、と悩む必要もなくなるのだ!
そう、まさに悟りの境地。

無償の愛とは一体なんだろうか?

「彼に感謝されたい」という欲求が波乱を呼び、気づけば「無償の愛」を探求する哲学のような思考に至ったわけだけど大丈夫?
読んでくれている人、ついてこれる?

ついてこれていると信じて、壮大な問いを投げかけよう。

\ずばーーん!/

答え

・・・ごめん。ちょっと面倒になってきちゃって説明をはぶいてしまった。

私は「無償の愛」の境地に立ちたい、と考えた訳ですが、その境地って一体何!?という大きな問題にぶち当たったわけです。

一緒に無償の愛について考えていきましょう。

仮説1 親子の愛は無償の愛か

「無償の愛」と聞いて一番に思いつくのが「親子の愛」

しかし、この仮説には問題があった。
「無償の愛」と聞いて思い浮かぶ「親子愛」は、おそらく「親が子に対する愛情」なのだ。
残念ながら、私には子どもがいない。
だから、「無償の愛」の境地は、まだ知らない。

というわけで、この仮説は立証できず!残念!

仮説2 友を思う気持ちは無償の愛か?

例えるなら「走れ!メロス」
友のために走り、最終的には全裸になる話だったと思うんだけど、友のために磔になった男は、「無償の愛」を持っているのではないか?

と思い、私も自分の友情を省みた・・・。

「この話したら絶対笑うだろうな」
「誕生日・・・○○ちゃんはこれをプレゼントしたら喜ぶかな?」

これは一見、「無償の愛」に思える。

でも、話したら帰ってくる笑い声、「私もめっちゃ話したかった面白い話があるんだけど!」という返事・・・

こだまでしょうか?

いいえ、これがともだちいいいいいいぃ!!
みんなに楽しい時間もらってた、いいリアクションもらってた。
見返り、きっちりもらってた。

はい、2つめの仮説、破綻!

仮説3 ペットに対する愛情

実家で私は犬を飼っている。
その犬に対する感情は、私の中で一番「無償の愛」に近い感情に思えた。

・・・ごめん。書かなくても結果は見えてる。

こんな可愛い姿を無防備にさらけてもらってる以上、見返りもらってないとは言えないね!ごめんね!今日も最高に可愛いよ!!!!

というわけでこの仮説も破綻。

3つの仮説を元に、もう一つ仮説が出来上がった

上の三つを考えたところで、私は一つの仮説を生み出すことができていた。

意思疎通ができるものでは、無償の愛は証明できないのではないか?

ということ。

つながったぁあああぁ!

そう、私は「石を愛すことができれば、私は無償の愛を証明できるのではないか」と思い立ったのです。
とても回り道に見えるけど、大丈夫。本人はいたって真面目。全然ボケてない。

というわけで何の変哲のない石を拾ってきたわけである。

重大な問題が発生

とここまで、順風満帆。
私は愛を証明するための科学者の心境。

ここで重大な問題に気付くのである。

上にも書いたのですが・・・
私は彼を一緒の家に暮らしている。
一緒に家を借り、家賃を折半して、ともに暮らす家。

ここに石を持ち込むことは、浮気になりうるのだろうか?

本人はいたって真面目だったということは一応付け加えておくね!
自分でも思い出し笑いしちゃうんだけど、このときは本気だった。

話を戻して、私は石を愛す、と決めたのだが、この石を家に持ち込むことには少し抵抗があった。
いくら忙しいとは言え、多少のコミュニケーションがある彼に

「その石なに?」

と聞かれたら、私はどうすればいいのだろう?

そこで私は、通勤に使うバッグのサイドポケットにこの石を入れ、石を隠すことに決めた。
浮気相手をクローゼットに匿う心境とはこういうことだろうか?

愛はどうしたら芽生えるのか

というわけで、私はこの石を通勤中、電車の中で優しく握る、というコミュニケーションをとっていた。
視覚的な情報はない。文通で知り合った男女の仲のようだ。
いつ触っても、彼は冷たたく、会社につくあたりで人肌程度に温まる彼は、クールだった・・・

と、「無償の愛」を証明するために、私は毎日石を握り温めていたのだけど、そんな毎日はあっけなく終焉を迎えた。

彼氏と同棲を解消することになったのだ。

※ここでは石の話が本題であるため、同棲解消についての話は置いておく。

そこからの日々はあっと言う間だった

同棲を解消する、ということは住居がなくなる、ということだったので、引っ越ししなきゃならないし、めちゃくちゃ忙しくなった。

そう、気づけば私は石を握ることもなくなっていったのだ・・・。

私は「無償の愛」を証明することができなかった

ここまでたどり着いたあなたは、私の仮説から導き出した答えにも気づいたと思う。

そう、私は「無償の愛」を証明することはできなかったのだ

せっかく長い文章を読んでもらったところ、申し訳ない。
私は、「無償の愛」を証明することができなった。

なんなら、なんだっけ?って言っちゃうレベル!

ここで私の話はおしまい。
みんなも「無償の愛」について考えてみてくれよなっ!

※石を今後どうすべきか悩んでいます。アイディア募集中!

それではー!

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都内の某おしゃれタウンで働く場違いOL。 インドア派のネガティブ思考。 7割真面目で3割ふざけてる、くらいの割合だと思う。多分。きっと。 詳しいプロフィールはこちら
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